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秩父の桜をたっぷり堪能! in 埼玉③【清雲寺】しだれ桜の見頃を逃すも遅咲きの桜は満開!

旅行記
清雲寺の桜

ワタシたちは「昌福寺」の桜に心を揺さぶられたまま昼食へ。
選んだのはKが楽しみにしていたあのお店で…。

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昼食は古民家フレンチ「シャンドフルール」でランチを

秩父市街から向かう場合、国道140号を西へ進み、秩父鉄道・秩父本線の影森駅あたりを過ぎたところで脇道へ。ちょっと南に入った先にフランス料理の「古民家レストラン シャンドフルール」(以下、「シャンドフルール」)はある。
こちらはKの同僚が教えてくれたお店で、今回訪れるのは2回目。
フランス料理なんて滅多に食べたことのないワタシは、前回は予約の電話をする段階でかなり緊張。
ただ、今回はお店の雰囲気がわかっているので、さすがにそこまで緊張はしなかった。

【古民家レストラン シャンドフルール】基本情報

古民家レストラン
シャンドフルール

■住所:埼玉県秩父市上影森
 258-3

■営業時間:
 ランチ  12:00~14:00 
 ディナー 18:00~21:00
■休業日:月曜日
■駐車場:あり
■電話:0494-22-9150

こちらのお店はランチ、ディナーともに完全予約制になっていて、予約は電話でのみ受け付けている。
電話の受け付け時間は14:00~18:00だ。

「シャンドフルール」は2人で切り盛りしている小さなお店だ。いくつかルールがあるので、訪れる際はお店のホームページでルールをあらかじめ確認しておくことをオススメする。

この日、ワタシたちは盛り合わせオードブル、本日のポタージュ、お任せの魚料理または肉料理、コーヒー、自家製デザートがセットになったランチコース(税込3,850円)をいただく。

「シャンドフルール」の入り口。

前回は2人とも肉料理だったので、今回は魚料理にしようと思ったら、Kのリクエストは肉料理。ワタシだけ魚料理にした。

料理はどれもオシャレで食欲をそそるし、実際に口にするととてもおいしい! ワタシがいただいた魚料理は口の中でとろけるような柔らかさだった。

周りの方々はおしゃべりしながらゆっくりと食べていたが、こういうときのワタシたちはとにかく目の前の料理に集中してしまって無口になりがち。普段はよくしゃべるのに面白い人たちだ。

こちらで料理を撮影するのはマナー違反になってしまうため、料理の写真を掲載できないのが残念。ただ、お手頃価格でフランス料理を楽しめるお店なので、興味を持ったら一度行ってみてほしいと思う。

「清雲寺」は遅咲きの桜も見事だった!

昼食のあとは、荒川地区では桜の名所のひとつとして知られる秩父札所29番「長泉院」へ。
途中、国道140号沿いにあるローソン秩父荒川上田野店の前を通った際、桜の木の下に佇むお地蔵さんを発見。なんとも春らしくて微笑ましい光景に、車を停めて写真を撮りに行ってしまう。

「長泉院」は昨年末、「よみがえりの一本桜」があることを知って、「春になったら行きたい!」と思っていた札所だ。
しかし、ワタシたちが訪れる数日前に「よみがえりの一本桜」の見頃は終了…。それでも春の花々が咲き誇る境内の散策は十分に楽しかった。

桜の下のお地蔵さま。
春の「長泉院」。

続いては、いよいよ「清雲寺」へ!
「清雲寺」は国道140号から豚玉丼の店「たぬ金亭」のあたりで南に入った先にある。
桜の時期にこちらのお寺を散策する場合、近くの臨時民間駐車場を利用することになっている。ワタシたちが使った駐車場の敷地には古い石塔が今でも残っていた。もしかしたら、このあたりももともとは寺社の敷地だったのかもしれない。

駐車場にあった石塔。かなり古い。

臨時民間駐車場から数分歩けば「清雲寺」へ着く。途中には道案内のおじさんが立っていて、気さくに道を教えてくれるので迷うことはなかった。

【清雲寺】基本情報

岩松山 清雲寺
■住所:埼玉県秩父市荒川上田野
 690

■宗派:臨済宗建長寺派
■本尊:地蔵菩薩
■駐車場:あり
 ※有料の民間臨時駐車場になります
■電話:0494-54-2114
 (秩父市役所 荒川総合支所
  地域振興課)

応永30年(1423)、梅峰香大師によって開山された寺院。妙見宮の大祭(現在の秩父夜祭り)が催される大宮郷の金泉寺の末寺といわれている。本尊は恵心僧都(源信)の作といわれる9寸3分(約35cm)の地蔵菩薩。境内にはしだれ桜や紅しだれ桜をはじめとした約30本の桜が植えられ、開山時に煤峯香禅師が植えたという言い伝えが残る、樹齢約600年のしだれ桜は埼玉県の天然記念物に指定されている。

しだれ桜の開花時期は年によって異なるものの、だいたい3月下旬から4月上旬。
ワタシたちが訪れたとき、早咲きの桜は「長泉院」の「よみがえりの一本桜」と同じように、残念ながらほとんど散っていた。

それでも遅咲きの桜はちょうどピークを迎えていたこともあり、境内はけっこうな人出だった。
この日、ワタシたちはけっこう桜を見たはずだが、飽きることなく境内を散策してしまった。やっぱり満開の桜が楽しめるのはこの時期だけだしね!

境内では桜の木の下に古い石仏や石塔をちらほらと見かけ、なんとものどかな雰囲気だ。その姿からは想像もつかないが、実はこちらのお寺では幕末の慶応4年(1868)に清雲寺事件が起きている。

この事件では、右大臣の藤原家信が倒幕の密勅に応じて、嫡子の大炊御門尊正を関東に派遣。
王政復古の大命を帯びていた尊正は清雲寺から忍藩大宮郷代官所に綸旨を発し、代官である松平下総守の出頭を命じている。

しかし、松平下総守はこれに応じずに捕吏を率いて襲撃。尊正は討ち取られてしまった。
ただ、尊正に同行していた側室の藤乃は豪農の家に身を寄せて難を逃れ、数年後に清雲寺での事件を直訴。尊正の無念を晴らした。
それから約150年。今も清雲寺事件のときの刀傷や銃弾の跡が本堂に残っており、尊正は寺の裏手で静かに眠っている。

「清雲寺」のそんな歴史的背景を知ると、満開の桜もまた違って見えるかもしれない。

「若御子神社」にもお詣りするものの残り体力が…

「清雲寺」のすぐそばには「若御子神社」もあり、ワタシたちはそちらへも足を延ばす。

【若御子神社】基本情報

若御子わかみこ神社
■住所:埼玉県秩父市荒川上田野
 698

■主祭神:神日本盤余彦尊
 ・菅原道真・少彦名命
■駐車場:あり
■電話:0494-54-0417

春の例大祭のとき、こちらの神楽殿で秩父市指定の無形民俗文化財「浅間神社神楽」が奉納される。

天平年間(729~749)の頃に若御子山の山頂に神武天皇を祀ったのが始まりとされる神社。延暦13年(794)、若御子山に社が造営され、若御子十二社宮と称される。もともと武将からの尊崇が厚く、天慶年間(938〜947)には平将門討伐の際に藤原秀郷が、建久2年(1191)には源頼朝がそれぞれ戦勝を祈願。天文14年(1545)には時の将軍である足利義晴が社殿を造営したといわれる。このときに社殿は旧社地の若御子に遷座され、若御子十二社権現宮と称される。戦国時代の永禄12年(1569)に秩父が武田軍の侵攻を受けた際、社殿や宝物、旧記などが焼失。慶長6年(1601)に現在の本殿が再建される。明治2年(1869)に若御子神社と名称を変更。大正5年(1916)に若御子山から現在の地に遷座されている。

神社の鳥居をくぐるとき、ワタシたちは2人の若者とすれ違う。
このとき、彼らが「このへんの地層が…」なんてマニアックな話をしていた。なんだろうと思い、あとで調べてみると、本殿の先に埼玉県指定天然記念物の「若御子断層洞」や断層群があるのだとか。
さすがに疲れていたし、そんな断層があること自体を知らなかったので、ワタシたちはそこまで向かわなかったが。

鳥居の先にあったのは、そこそこの段数がある石段。
決して段数は多くはないものの、この日はいろいろと歩き回ったあとなので、石段がえらく高い壁のように見える…。
それでもワタシたちは石段を上りきり、本殿でお詣り。
こちらの境内も桜がきれいに咲いていたが、この時点でワタシたちに桜を愛でる余裕はなし。疲れているときの石段はやっぱりきつかったのだった…。

あとで調べてみると、「若御子神社」はかなり歴史のある神社だった。
ワタシたちが訪れたときはお詣りする人もなくひっそりとしていたが、境内は手入れが行き届いた印象で、今も地元の方々に親しまれていることがうかがえた。

石段の上から見た境内。
手水舎。
本殿のそばにある祠。

この日、「若御子神社」の近くにある栃久保区農村センターで「平賀源内展」が開催されていた。
面白そうではあったものの、外から覗くとかなり濃い内容のようで、ぐったりしているワタシたちにはきつそうだったのでスルー。入り口に佇んでいた源内先生の人形を撮影するだけにとどめる。

このあと、ワタシたちは秩父札所巡りをする予定だったが、その体力はもはやなし。
桜をたっぷりと堪能できたこともあったので、ワタシたちは素直に帰路に就くのだった。

秩父の桜をたっぷり堪能! in 埼玉」おしまい

「秩父の桜をたっぷり堪能! in 埼玉」一覧

①【三峯神社】御仮屋神社まで足を延ばしてみる
②【昌福寺】しだれ桜があまりに見事で…!
③【清雲寺】しだれ桜の見頃を逃すも遅咲きの桜は満開!

(お出かけ日:2025年4月12日)
※各情報は2025年5月時点のものです。

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