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秩父札所32番【法性寺】断崖絶壁の上に立つお船観音

秩父札所巡り
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【法性寺】基本情報

般若山 法性寺
■住所:埼玉県秩父郡小鹿野町
 般若2661

■宗派:曹洞宗
■本尊:聖観世音菩薩
■駐車場:あり
■電話:0494-75-3200
【拝観について】
秋海棠が見頃の時季(9月頃)と、観音堂や奥の院に上がっても納経をしない場合は拝観料(環境整備協力金)が必要となります
■拝観料:300円
【御朱印受付 基本情報】
■受付時間:8:00~17:00
 ※11月~2月は16:00まで
 ※12:00~12:30は昼休憩
■定休日:なし
■御朱印料:500円
 ※2巡目以降は200円

境内に置かれた岩。

船のような形をした岩盤に奥の院があり、苔が美しいことから「秩父の苔寺」とも呼ばれる寺院。奥の院には岩盤の上にお船観音が立ち、岩窟に大日如来の銅像が安置されている。奈良時代、行基が6寸2分(約23.5cm)の聖観世音菩薩像を彫り、この地の岩屋を穿って安置。奈良時代後期から平安時代初期の延暦年間には、弘法大師が大般若経600巻を書写して奉納したという。鎌倉時代の貞永元年(1232)に眼応玄察和尚が曽祖開山。江戸時代、智外宗察和尚のときに曹洞宗に改宗し、伽藍が現在の形に整えられた。舞台造り(懸造り)で3間(約5.5m)四面の観音堂は江戸時代の宝永4年(1707)に建立。本尊の聖観世音菩薩は約1.4mの立像で、行基の作という言い伝えも残るが、室町時代に作られたようである。また、前立本尊は宝冠の上に笠をかぶり、船を漕いでいるという珍しい姿をしていることから「お船観音」と呼ばれている。

Kとの秩父札所巡りで34番目に訪れたお寺。
埼玉県道209号 小鹿野影森停車場線沿いを流れる長留川が般若川と合流するあたりで西へ曲がり、そのまま般若川に沿うようにして進めば「法性寺」に到着する。

秩父札所で唯一の鐘楼門

駐車場から「法性寺」に向かって歩いていて、最初に目に飛び込んでくるのが鐘楼門だ。
秩父札所の中で鐘楼門があるのは「法性寺」のみで、こちらは仁王門も兼ねている。門は幅3間(約5.5m)、奥行き2間(約3.6m)の寄棟造り。江戸時代の寛永7年(1710)に創建され、全面解体修理を経て令和6年(2024)に落慶した。また、第二次世界大戦時に梵鐘を供出したものの、昭和54年(1979)に再鋳されている。
こちらの鐘楼門には上ることもできるので、時間があれば上ってみよう。

「法性寺」の鐘楼門。
正面から見た鐘楼門。
「般若山」の山号が刻まれた扁額。
鐘楼門に掲げられた「阿吽」の扁額。
鐘楼門の梵鐘。
鐘楼への階段。かなり急だ。
鐘楼門の阿形像。
こちらは吽形像。

鐘楼門をくぐった先にはかなり古い六地蔵が安置され、その先に石段が続いている。
石段はワタシが上った感覚では70段くらいだと思うが、意外と急で多少デコボコしている。ワタシたちがお参りしたとき、同じように訪れていたお年寄りの方々は手すりにつかまりながら上り下りしていたし、ワタシも無理せずに手すりを使った。
こちらの石段を上った先に本堂と納経所があり、観音堂はその先に位置している。

鐘楼門の先の石段。
鐘楼門そばの六地蔵。
石段の途中のお地蔵さま。
こちらのお地蔵さまも石段の途中にあり。

本堂の前からお船観音をお参りできる奥之院遥拝所

石段の上にある本堂は瓦葺きの入母屋造り。庫裏も作り込みの建物で、間口13間(約23.6m)、奥行き8間(約14.5m)とかなり大きい。
鐘楼門の梵鐘のそばにもあったが、本堂の向拝にも般若の面が掲げられていた。これは「法性寺」の山号が「般若山」だからだろう。

「法性寺」本堂の向拝。

お寺に残る話によると、弘法大師が大般若経を奉納した際、山に紫雲がたなびき、頭に宝冠の笠を載せ、かじを手にした観音さまが現れたという。
以後、この地は仏の知恵を指す「般若」と呼ばれるようになり、岩山の形が船に似ていることから「岩船山」という名がついたという謂れがある。

こちらには薬師如来を胎内仏とする釈迦如来を安置。また、「法性寺」のご本尊である聖観世音菩薩の前立本尊とされるお船観音も本堂に祀られていたようなのだが…ワタシは見逃してしまった。

斜め横から見た本堂と向拝。
軒下に小さな梵鐘が下がっている。
向拝の向かって右側にある納経所。

納経所の前には奥之院遥拝所があり、こちらに立つとはるか先にあるお船観音を拝める。こちらは本堂に安置された前立本尊のお船観音とは別の観音さまで、別名は岩船観音という。
この日のワタシたちは山登りできる格好ではなかったため、こちらからお船観音をお参りした。

奥之院遥拝所。
赤マルがお船観音。
拡大してもあんな先に…。

本堂の前は観音堂へと続く参道が横切っていて、参道沿いにはお船慈母観世音の像、西国・坂東・秩父の日本百観音霊場の百観音御砂踏、他にも石碑や石仏、お船観音の再建記念碑などが点在している。

また、参道を挟んで本堂の反対側にある巡礼用品の販売所は納経帳だけでなく、エコバッグやTシャツなど秩父札所関連のグッズも充実。「法性寺」オリジナルの納経帳もあった。

お船慈母観世音の像。
百観音御砂踏。
石碑やお地蔵さま。
無縫塔と思しき石塔。
巡礼用品の販売所。

ちなみに、「法性寺」には「長享二年秩父観音札所番付」が現存。こちらは埼玉県の有形文化財に指定されている。
「長享二年秩父観音札所番付」は室町時代の長享2年(1488)に記された、当時の秩父札所の番付を知るうえで貴重な資料だ。
今の番付になったのは江戸時代の初期で、「法性寺」は「十五番 般若岩殿」と記されているように、こちらが記された頃とは番付が大きく違っている。また、この頃は札所の数が33番までで、このあとで現在の2番札所「真福寺」が加わった。

「長享二年秩父観音札所番付」の案内板。
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自然への畏怖をひしひしと感じさせる観音堂

「法性寺」の観音堂は本堂の前から70mほど奥にある。
途中から石段になるが、このあたりの石段には手すりがないうえ、少々歩きづらいところもある。上り下りする際は、あまり急がずにゆっくりと歩いたほうが安全だ。

観音堂へと続く石段。
こちらの石段には手すりがない。
石段のそばの石祠。

また、観音堂へと続く石段の途中には毘沙門堂もあり、その隣に納札所も設置されている。
こちらに祀られている毘沙門天は必勝祈願の神様でもあるので、お堂の前には「勝負事に強い!!」と力強い文字で記された貼り紙があった。

毘沙門堂と納札所。
こちらが毘沙門堂。
毘沙門堂の前のお地蔵さま。

毘沙門堂を過ぎたあたりまで来ると、懸造りの観音堂が木立の向こうに見えてくる。さらに、目の前には巨岩まで。このあたりになると古い石仏や石碑も散見されるようになり、世間の喧騒からは切り離された、神域と言いたくなるような雰囲気がより強く漂ってくる。
ただ、このあたりの石段はかなり狭いうえ、ところどころデコボコしているところもあるので、上り下りの際は足元に注意しよう。

木立の向こうの観音堂。
石段の先にある巨岩。
巨岩あたりの石段は狭い。
参道の途中の石仏や石碑。

観音堂までの参道で特に注目したいのが、まるで斜面から突き出たように延びたまま止まっている巨岩だ。こちらの巨岩を見たとき、ワタシは山梨県山梨市の「廣蔵院」にある巨岩を思い出した。

「廣蔵院」の巨岩を前にしたワタシが感じたのは「自然に対する畏怖」。それと同じものを「法性寺」の巨岩でも強く感じたし、木漏れ日に照らされた巨岩は神秘的ですらあった。

観音堂手前の巨岩。
巨岩の下。
巨岩の上のお地蔵さま。

過去に生きた人々も同じように自然の畏怖を感じ取ったのだろう。巨岩の上にお地蔵さまが鎮座しているだけでなく、周りには石碑や石祠、石仏などが数多く点在。この巨岩を見られただけでも、ワタシは「法性寺」に来てよかったと思った。

なお、巨岩のそばまでの石段は特に狭くて急なので、注意して上り下りしよう。また、巨岩の下はちょっとしたトンネルのようになっていて、向こう側に通り抜けられるようだが、ガタイのいいワタシが通るのは不安があったのでやめておいた。

巨岩の前を過ぎると、いよいよ「法性寺」の観音堂だ。
このあたりの石段に立つと、懸造りになっている観音堂の威容をじっくりと味わえる。観音堂には側面から靴を脱いで上がれるので、ぜひ外陣まで上がってお参りしよう。

観音堂の手前の石段。
観音堂近くの石段には手すりがある。

崖の中腹に立つ観音堂は方形屋根の懸造り。高欄つきの廻縁が巡らされ、中央が内陣、その周りが外陣となっている。
また、建物の正面には「補陀巌」「般若堂」が掲げられ、他にも内陣入り口の欄間には江戸時代の安政5年(1858)に作られた扁額もある。
こちらの扁額には「法性寺」の御詠歌が刻まれ、中央には前立本尊であるお船観音の御影が。観音堂では、お船観音の御影の下に立ち、内陣に向かって手を合わせることになる。

こちらの内陣の前でお参り。
扁額に掲げられた前立本尊のお船観音。
奉納されたものと思しき観音堂の額。

観音堂に掲げられている「観音霊験記」によると、武蔵国豊島郡の豊島権守の娘が実家に帰る途中、舟に乗っているときに悪魚に襲われてしまったという。
娘は溺れかけるが、そこに小舟に乗った美女が現れて娘を救出。娘が礼を述べると、「観音を信仰する者を助けただけ」と言って去っていった。
この話を聞いた権守は娘を助けたのは「法性寺」のご本尊だと悟り、その恩に報いるべく3日3晩にわたって般若心経を書写して供養。「法性寺」に深く帰依したという。

「観音霊験記」の扁額。

「法性寺」の観音堂には他にも見どころがある。それは裏手に祀られている地蔵堂の周辺だ。
こちらにはハニカムというハチの巣のような不思議な穴がある、タフォニという岩窟になっているのが特徴。タフォニとハニカムはともに、岩石の中に含まれた塩類が表面に染み出し、岩の表面から水分が蒸発することで水に溶けていた塩類が結晶化。これらの結晶が成長して岩の表面を崩していく塩類風化の状態を指す。
タフォニとハニカムはともに円形または楕円形の穴だが、その違いはそのサイズと深さ。タフォニは数十cmから数mに及ぶ一方で、ハニカムは数mmから数cm程度だという。

観音堂の裏手の地蔵堂。
地蔵堂の背後には多数のハニカムがある。

かつて、この光景を目にした人々が、自然に対して畏敬の念を抱いたであろうことは想像に難くない。それは狭い空間にもかかわらず、数多くの石造物があることからもわかった。

地蔵堂の周りの石仏や供養塔など。
地蔵堂の前には水筋があった。
地蔵堂の周りは石造物が特に多い。
タフォニの上の崖の斜面。

今回のワタシたちのお参りは観音堂まで。奥の院まで行くには服装が適していなかったからだ。
「法性寺」のお参りでワタシたちは結願となったのだが、奥の院までお参りできなかったことが宿題として残った感じが…。そのため、ワタシたちは午歳総開帳で再び札所巡りをする際、「法性寺」では必ず奥の院まで行ってみるつもりだ。Kも「紅葉の時季に絶対に行く!」と宣言していたし。

岩の隙間の先に奥の院への山道がある。
岩の隙間の先からいきなり登山道が。
「法性寺」の御朱印。

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(お出かけ日:2026年2月22日)
※各情報は2026年4月時点のものです。

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