【常泉寺】基本情報
岩本山 常泉寺
■住所:埼玉県秩父市山田1392
■宗派:曹洞宗
■本尊:聖観世音菩薩
■駐車場:あり
■電話:0494-23-2050
【御朱印受付 基本情報】
■受付時間:8:00~17:00
※11月~2月は16:00まで
※12:00~12:30は昼休憩
■定休日:なし
■御朱印料:500円
※2巡目以降は200円

Kとの秩父札所巡りで7番目に訪れたお寺。
横瀬川や埼玉県道11号 熊谷小川秩父線の西側を並行して走る道から山のほうに向かい、野良道に入った先にある。
小高い丘の上に観音堂あり
「常泉寺」でまず印象に残ったのが、山裾に広がるように本堂や観音堂が配置されている姿。
周囲は民家が点在し、お寺の前は田んぼばかりののどかなところだ。
その中に、金剛力士像が入り口で待つ、威厳のある建物が山を背にして立っている。
訪れた時間が16時頃で若干薄暗くなりつつあったせいかもしれないが、これまでの札所とはちょっと違う迫力があった。
ワタシたちは正面の本堂にご本尊の聖観世音菩薩があると思い込んでいた。しかし、実際に安置されているのは本堂の向かって左側、小高い丘の上にある観音堂。不勉強なワタシたちのように間違えないように!
先に述べたとおり、観音堂は札所1番「四萬部寺」の観音堂を造った藤田徳左衛門吉久が手がけたという。
こちらの観音堂はもともと「秩父神社」境内にあり、当時の15番札所「蔵福寺」の薬師堂だった。しかし、明治3年(1870)に廃仏毀釈の影響で「蔵福寺」が廃寺になり、その際に移築されたものだ。
ご本尊の聖観世音菩薩は室町時代の作品といわれ、高さ97cmほどの一木造り。弘化4年(1847)の火災では運び出されて難を逃れたものの、胸部に火傷の跡が残ってしまったという話だ。
観音堂で注目すべきは向拝にある龍の彫刻で、こちらは現在の熊谷市玉井に住んでいた飯田和泉という名工の作品らしい。中でも向拝の左右に施された海老虹梁の龍の籠彫り(透かし彫り)が見事なのだとか。
しかし、ワタシたちは正面の龍にばかり目がいってしまい、左右の籠彫りはノーチェック…。ここでも不勉強ぶりが祟ってしまう。
観音堂以外にもさまざまな見どころが
もともとは「常泉寺」の現在の位置から1kmほど離れた場所に、当時の34番札所だった「岩本観音堂」があったという。
「岩本観音堂」は絶壁の上に立ち、朝日の滝や夕日の滝、横滝などがある景勝地だったものの、一時は廃寺同様になる。
また、「常泉寺」は16世紀半ばに「光明寺」の末寺として現在の地に復興。「光明寺」二世の峰山和尚が廃れつつあった「岩本観音堂」を境内に移し、「常泉寺」が管理するようになったという、けっこう複雑な経緯がある。
ちなみに、本堂にはご本尊として薬師如来が安置されている。これも「常泉寺」が札所として成り立つまでの過程がいかに複雑かを物語る要素のひとつといえるのでは、と思った。
御朱印をいただくとき、ご住職と思しき方は若者たちを相手に話をされている最中だったが、それを中断して御朱印を書いていただいた。
その後、ワタシたちは札所巡り定番の境内散策へ。
本堂と観音堂の間にある蓮池は、かつて「不動ノ池」と呼ばれていたとか。夏ならば見事なようだけれども、ワタシたちが訪れたのは10月…。残念ながら蓮は楽しめなかった。
しかし、蓮の他にも池の周囲には見どころはたくさんあったので、ワタシたちはいろいろと見て回る。少しずつ暗くなってきたので焦りを感じつつだったが。
あとで調べたところによると、崖下に並ぶ石仏や石碑の左端に、眼病に効能があるという不睡石があったそうだ。全然気づかなかったから写真に収まっていないわけで…。ここでも不勉強ぶりが露呈した。
さすがにちょっと反省したワタシは札所巡りの本を探して購入。
次の札所巡りからはこの本を片手に回るつもりだ。
実は「観音霊験記」も探してみたのだけれども、こちらは錦絵のためにかなり敷居が高く、気軽に買えるものではないので、今後の課題ということで!
ちなみに、このあたりにはダイダラボッチ伝説が残っている。
ダイダラボッチが武甲山と宝登山をもっこに入れて運び、このあたりの丘陵はもっこの天秤棒だったそうだ。
< 「秩父札所2番 真福寺」へ
「秩父札所4番 金昌寺」へ >
「秩父札所34観音霊場巡りガイド」へ >
(お出かけ日:2024年10月12日)
※各情報は2024年10月時点のものです。


























