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我が横道を往く in 山梨⑩【上条集落】「ふくすけ型民家」が残る風景

旅行記
上条集落

「福蔵院」でお参りした際、ワタシは上条集落に関する2種類のリーフレットが置かれていることに気づき、こちらをいただく。さらに「福蔵院」の境内には、「見学ルート」を記された案内板もある。リーフレットを確認してみると、どうやら古道を歩きながら集落を散策できるらしい。
この時点で古道がどんなものなのか想像がつかなかったが、案内板があるくらいだからおかしなルートでないだろうと思い、ワタシは案内板に従って進むことにする。

「福蔵院」境内の「見学ルート」の案内板。
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上条集落を守るように立つ「金井加里神社」

「福蔵院」の仁王門を出て案内板の指し示すほうに目を向けてみると、ちょっとした山道のようにも見える。しかし、そんなことで躊躇するワタシではなかった。
しばらく進むと「福蔵院」の南側、墓地の外あたりでの古い石段を見つける。上に何があるのか興味があったものの、パッと見た感じでは広場になっているような…。ここまで坂道をさんざん上ってきたこともあり、ワタシは石段を上らずにスルーした。

案内板とリーフレットを頼りにしばらく北上すると、やがて鎮守の森を背にした神社が目の前に見えてきた。こちらが「金井加里神社」のようだ。
位置としては「福蔵院」が集落の入り口にあり、「金井加里神社」が「福蔵院」と上条集落の間にあるような感じで、「福蔵院」と同じように集落を守っているような印象だった。

「福蔵院」の前から続く古道ルート。
古道ルートの途中にあった石段。
木立に囲まれた「金井加里神社」。

【金井加里神社】基本情報

金井加里神社
■住所:山梨県甲州市塩山
 下小田原1011

■主祭神:山王白山
 ・金矢大神(金山彦命)
 ・日本武尊
 ※境内の案内板による情報
 大己貴命・少彦名命
 ※山梨県神社庁による情報
■駐車場:なし

室町時代の大永3年(1523)、田辺土佐守が山王白山や金矢大神、日本武尊(やまとたけるのみこと)の分霊を勧請したのが始まりとされる神社。もともとは山王権現と称していたが、江戸時代末期の元治元年(1864)に金井加里神社に改称された。入母屋造りで複雑な様式の本殿は江戸時代の寛文8年(1668)に再建。間口6間(約10.9m)、奥行き3間(約5.5m)の拝殿は明治時代に建てられたと推測されている。本殿は県指定文化財、隨神門は市指定文化財である。

神社の入り口には本殿と同じく江戸時代に建てられたといわれる立派な隨神門があり、遠くからでもその存在感が際立っていた。ただ、門内の隨神像は痛みが激しかったため、写真の掲載は控えておく。

「金井加里神社」の石碑と隨神門。
隨神門前の手水舎。
隨神門は本殿と同時期の建築だとか。

隨神門をくぐって木立の間を抜けていくと、やがて拝殿が見えてくる。
ワタシの印象では特に拝殿前の石段に歴史を感じられたし、拝殿もけっこう古い。それでも、今も地域の方々に親しまれていることが随所に感じられる神社だった。

ただ、ワタシが訪れたときは本殿が改修工事の真っ最中(2025年12月時点)。
こちらの本殿は複雑な様式のようなので、まだまだ勉強不足でわからないことが多いワタシなりに見てみたいと思ったが、訪れたタイミングがなんとも悪かった…。

ひっそりと佇む拝殿。
本殿はシートで包まれて見えず…。
古道はまだまだ続く。

かつての農村の風景を色濃く残す上条集落

「金井加里神社」そばの古道を北上すると、やがて西側が開けた三叉路に出る。
リーフレットを確認すると、このあたりは高台になっていることから上条集落でもオススメのビューポイントのひとつのようだ。実際、「ふくすけ型民家」とも呼ばれる茅葺切妻造りの主屋が何軒もある、他の地域ではお目にかかれない風景が広がっていた。

また、この上条集落を見下ろす三叉路には、室町時代の作といわれる六地蔵幢が立っている。

六地蔵幢とは石灯籠に似た形をしているのが特徴で、火袋に当たる龕部がんぶを六角形に作り、それぞれの面にお地蔵さまが彫られている。…ということをワタシはこちらの記事を書いているときに調べて初めて知った。ブログを始めてから学ぶことばかりだなぁ。

三叉路の六地蔵幢。
龕部に小さなお地蔵さまが。

【上条集落】基本情報

上条集落
■住所:山梨県甲州市塩山
 下小田原

■駐車場:なし
 ※駐車場は「福蔵院」のものを
  利用可能

養蚕業が盛んだった頃の農村風景を残している集落。金剛山と呼ばれる舌状台地の北端にある観音堂を馬蹄形に囲むようにして、雛壇状の集落が形作られている。鎌倉時代、安田義定の館と砦を守るために配備された中村姓の20戸が集落の始まりともいわれる。明治時代から昭和時代にかけて養蚕業が栄えた頃に建てられた、突き上げ式屋根を持つ茅葺切妻造りの主屋がまとまって残っていることから、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定。なお、茅葺切妻造りの主屋は、現在はその多くがトタンで覆われている。

実は甲府盆地の峡東地域には、上条集落にあるような茅葺切妻造りの主屋が今もけっこう点在しているのだとか。今回の旅行中、同じような民家を確かに何度も見かけた。ただし、上条集落のようにひとつの地域にまとまって残されているのは非常に稀だという。

ちなみに、六地蔵幢の近くには築180年の古民家を活用したベーカリーカフェ「上条庵」がある。ワタシが前を通ったときは店内からジャズが流れ、風景と音楽のギャップがなんだか面白かった。

ベーカリーカフェ「上条庵」。

ベーカリーカフェ「上条庵」から北に進むと、いよいよ上条集落の中心部となる。
このあたりには「観音堂」や「もしもしの家」といった建物が点在。古道を通ってきたあとだと、山の中からいきなり開けた場所に来たような印象だった。

【観音堂】基本情報

観音堂
■住所:山梨県甲州市塩山
 下小田原

■駐車場:なし

境内の石仏。
観音像の案内板。

上条集落の中心付近にある堂宇。18世紀末の頃に建てられたと推測されている。集落の集会場を兼ねているため、間口4間(約7.3m)、奥行き3間半(約6.4m)と広い造りになっているのが特徴。堂内の奥には内陣が設けられており、江戸時代の仏教行者で、現在の塩山上萩原上原出身の木食白道の観音像と一木百観音像が安置されている。

【もしもしの家】基本情報

もしもしの家
■住所:山梨県甲州市塩山
 下小田原1099

■宿泊時の基本料金(1棟貸):
 平日:20,000円
 日祝前:28,000円
 ハイシーズン:35,000円
■サービス料(1人あたり):
 
大人 5,000円 小中高生 2,500円
 未就学児 無料
 ※税込価格 ※宿のサイト調べ
 ※宿泊料金は「基本料金」と
  「サービス料 × 人数」の
  合計になります
■温泉:なし
■駐車場:あり
■電話:080-8820-9339

(NPO法人 山梨家並保存会 事務局)

宿泊のほか、日帰りでも利用できる「もしもしの家」は江戸時代末期の古民家だという。なぜこのような名称かというと、昔はこの家にのみ電話があり、集落の方々が電話を借りに来ていたため、「もしもしの家」と呼ばれるようになったとか。なんとものどかで心が和むエピソードだ。

その後、ワタシは集落の北側にある道祖神場を目指す。
道祖神場はちょっとした擁壁の上にあり、近くで見るとしたら階段を上る必要がある。この階段は数段ながらかなり急なので、上り下りする際にはしっかりと手すりにつかまるようにしよう。

なお、毎年1月14日の晩には、こちらの道祖神場で厄払いのどんど焼きが行われるという。
この祭りに向けて、正月三が日明けの土曜日には近くで採れるヒノキと杉、竹を使った「お小屋かけ」がなされるのだとか。そのとき、擁壁の上にちんまりと鎮座する道祖神がどのような姿になるのか、見てみたくなってしまった。

また、道祖神場のそばある石垣は、近くで手に入る石を積み上げて作られたものとのこと。どうりでいろいろな色や形をした石が交じっているわけだ。

擁壁の上にある道祖神場。
「隠居」と呼ばれる道祖神が右後ろにあり。
道祖神場近くの石垣。

【上条集落 散策マップ】

上条集落の入り口にある「福蔵院」に着いたのが14時前で、集落の散策が終わったのが16時近く。結局、2時間ほどいろいろと歩き回ったわけだ。
もちろん、この段階でワタシはけっこう疲れていた。しかし、これからJR中央本線の塩山駅まで歩かなければならない。
塩山駅までの距離は約6kmで、所要時間は1時間15分ほど。さすがにもう寄り道はいいかな…と思うものの、どうなるかわからないのがワタシというヤツなのだ。

上条集落からの帰り道。

旅行記「我が横道を往く in 山梨」の一覧はコチラ

(お出かけ日:2025年12月14日~12月15日)
※各情報は2026年1月時点のものです。

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